■ 意思決定と記憶


近年,脳の仕組み・働きはかなり解明されてきている。脳の 機能・働きの代表的なものとしては記憶、言語、論理構成等である。脳の機能のうち、次の3種類を除くと,その働きが脳のどの部分で行われているかはほぼ解明されているという。まだ解明されていない3種類とは,

① 自由意志
② 感情
③ 自我(自意識)

である。私見を言えば,これらの3機能は根っこは一緒であろう。何故なら,自由意志や自意識は感情に支配されることが大きい,と考えられるからである。論理を積み上げて出る結論はそのまま意思決定にはならない。例えば,馬券や株を買う時に,いくらデータを詳細に検討しても,その分析結果通りには買わない,ということである。むしろ買った馬券や株は”自分が好きだから”とか”自分の誕生日に合わせて”という単純なケースが多い。自分の周囲の環境からくる感情の積み重ねと,将来の方向性に対する自分の好悪の感情が一体となって基本的な意思決定はなされているものと想像する。それを説明するのに都合のよい理屈は後から通常付けられているものである。

脳内の意思決定のプロセスをもう少し詳細に追ってみると概略次のようになっていると考えられる。

(体験) -> 記憶 -> 意識 -> 感情 -> 意思決定 -> (行動・次の体験)

そして,意思決定に基づいて行動をおこし,それが次の体験となって記憶に蓄積されるのである。ここで体験を括弧で囲んだのは,一般に体験は脳のプロセスではないからである。情報処理用語でいえば,体験は記憶への入力装置で,行動は意思決定の出力装置である。馬券を買う意思決定プロセスをこれに当てはめると以下のようであろう。

(最初の競馬でまぐれ当たりをした)-> 競馬は儲かるものと記憶に残る -> 遊ぶ資金が欠乏してくると以前競馬で儲けた経験が思い出され -> 資金調達手段として,楽で手っ取り早く,大変好ましく思い -> 再度競馬で儲ける意思決定を行い -> (再度馬券を買う)

実際はこのように単純ではないと思われるが,一つの例としては納得できると思う。このようにプロセスを単純化して考えた時に,意思決定における記憶の持つ重要性は明らかである。

記憶のメカニズムの説明については様々なアプローチがあろうが大きく2種類あると考えられる。代表的なのはニューロンによる説明である。ニューロンの神経回路網の接合方式を電気回路でシミュレーションすることにより,1980年代の半ば,コンピュータによる人工知能システムの開発が盛んに行われた。しかし,記憶容量の少なさや接合部における閾値制御の困難さ,また記憶の持つ多様な属性(記憶の安定性,記憶想起の容易性,記憶の連想性)を実現できなかったことにより,実用に耐えられるコンピュータシステムは今日までついに登場しなかった。

このようなニューロン主義を横目で見ながら,一方では1970年代の初め頃から2人の日本人物理学者(梅沢博臣博士,高橋康博士)によって,場の量子論の自発的対称性の破れの考え方を応用した記憶のメカニズムの理論が提唱され始めていた(量子場脳理論)。その概要は,講談社ブルーバックスの”脳と心の量子論(場の量子論が解き明かす心の姿):治部眞里,保江邦夫”にやさしく書かれている。興味のある方には是非ご一読を進める。

以上のことから,意識・記憶のメカニズムとして,最新の場の量子論による解釈が有力と考えられ,また,意思決定は記憶と一体となった脳内のプロセスであるから,量子力学による解釈が十分に可能である,ということが推測できる。

(2001年3月17日;第一版 Copyright 寒泉)