■量子易学変爻モデル

量子易学モデルの占断ロジックを量子コンピュータで表すにはどのような表現が必要だろうか?

「爻と状態関数」に述べたように,卦の状態は6個の爻状態で構成され、各爻状態は陰・陽に対応して量子力学での2準位系であるスピン状態を対応させた。量子易学モデルでも引き続きこの考え方を適用し、陰に|Up>または|0>、陽に|Dn>または|1>を対応させる。

|爻の状態> = α|Up> + β|Dn> = α|0> + β|1>←--- ①
ここで,α'*α + β'*β = 1, α'とβ'はそれぞれα,βの共役複素数。

また、「量子易学の宇宙観」で説明したように、易は結局「人間の良心」との対話であると考えられる。人間の良心は「無意識」の内に埋もれており、「意識」とは平常は相互作用はしていない。

しかし、一旦事があると、例えば脳が緊急事態を感じたり、祈りや願い事のような神聖な気持ちになると、「意識」と「無意識内良心」が脳内で絡み合って(もつれあって)、その人に適切な良心を呼び起こす、ということを仮定する。

別の言葉でいえば、「意識系から無意識系の状態にアクセスできる」ということである。

このような脳内の量子プロセスは現在のところ明らかになっていないが、この辺は将来の研究成果に期待したいと思う。
量子易学では、このような脳内の量子状態の変化を想定したモデルを仮定し、これを量子易学変爻モデルと呼ぶことにする。

物理学、特に量子力学の分野では、相互作用も含めた多粒子系は「個別状態のテンソル積」⊗で表すのが普通である。
粒子がn個の場合の多粒子系は、|Q1> ⊗ |Q2>⊗ |Q3> ・・・⊗ |Qn>のようになる。
以降、意識系と無意識系の2粒子状態の相互作用を考えるのでn=2である。そこで、脳内の意識系の爻の状態をQ1 とし、無意識系の爻の状態を Q2 とすると、脳全体の爻の状態Q(大域量子系)は、ケット記号を用いて

|Q> = |Q1> ⊗ |Q2> = (α|Up>1 + β|Dn>1) ⊗ (γ|Up>2 + δ2|Dn>)
ここで,γ'*γ + δ'*δ = 1, γ'とδ'はそれぞれγ,δの共役複素数である。

|Q> = (α|0>1 + β|1>1) ⊗ (γ|0>2 + δ|1>2)←--- ②
      = αγ |0>1⊗|0>2 + αδ |0>1⊗|1>2 + βγ |1>1⊗|0>2 + βδ |1>1⊗|1>2 --- ③
各々の係数を改めて、複素数A,B,C,Dと置くと、
      = A |0>1⊗|0>2 + B |0>1⊗|1>2 + C |1>1⊗|0>2 + D |1>1⊗|1>2 --- ④

さて、「絡み合っている(=もつれている)」とはどういうことかというと、 大域量子系 Q が全体として、その状態 |Q> = |Q1> ⊗ |Q2>の形式で書けない場合、もつれていると言われる。

具体的な例として、ケット前の定数(α、β等)と肩上の添え字1,2は省略すると、
|0>⊗ |0> + |1>⊗ |0>は右側の |0>で括って(|0> + |1>) ⊗ |0> と書くことができるし、
|1>⊗ |0> + |1>⊗ |0>は左側の |1>で括って|1> ⊗(|0> + |1>) と書くことができるし、
|0>⊗ |0> + |1>⊗ |0> + 0>⊗ |1> + |1>⊗ |1>は、(|0> + |1>) ⊗ (|0> +|1>) と書くことができるので絡み合っていない。

しかし、 (|0>⊗|0> + |1> ⊗ |1>)や(|0>⊗|0> - |1> ⊗ |1>) の状態は共通に括れるケットがない(因数分解できない)ので、絡み合っている、という。

ここで、式③と④を比べてみると、AD=BC=αγβδとなっていることが分かる。つまり、AD=BCの場合に④式は③の形に因数分解され,もつれあっていないのである。

量子易学では、意識系と無意識系が相互作用したときに、以下の ⑤ の形になることを要請する。

これは易の占い方の「本筮法」に対応している。ここで、従来の易の用語と対応させると、老陰は「陰」の極みで|0>⊗|0>、老陽は「陽」の極みで、|1> ⊗ |1>、小陰は|1>⊗|0>、小陽は|0>⊗|1>とする。またその場合、各々の測定確率はP(6)、P(9)、P(8)、P(7)である。

|Q> = 1/4 |0>1⊗|0>2 + √5/4 |1>1⊗|1>2 + √7/4 |0>1⊗|1>2 + √3/4 |1>1⊗|0>2 --- ⑤

これはAD=1/4*√3/4 = √3/16、 BC=√5/4*√7/4 = √35/16 なのでAD=BCとはならず、⑤は絡み合っている。
⑤の各状態の測定確率は、対応するブラ状態をQに作用させてその絶対値を2乗することで得ることができ、それぞれ以下のようになる。

老陰の確率(P(6)) = | <0|1⊗<0|2 |Q> | ^ 2 = (1/4)^2 =1/16
老陽の確率(P(9)) = | <1|1⊗<1|2 |Q> | ^ 2 = (√3/4)^2 =3/16
小陽の確率(P(7)) = | <0|1⊗<1|2 |Q> | ^ 2 = (√5/4)^2 =5/16
小陰の確率(P(8)) = | <1|1⊗<0|2 |Q> | ^ 2 = (√7/4)^2 =7/16

量子状態Q(⑤)は、2個のキュービットの量子コンピュータを使って実際にその測定ができる。 にその計算結果を示す。量子コンピュータとしては、IBM QCのkyotoを使った。実機とシミュレータ双方の結果を比較した。

量子コンピュータ計算結果

補足ではあるが、「易の占い方」の3コイン投法の場合には、

|Q> = 1/√8 |0>1⊗|0>2 + 1/√8 |1>1⊗|1>2 + √3/√8 |0>1⊗|1>2 + √3/√8 |1>1⊗|0>2 --- ⑥

これはAD=√3/8、 BC=√3/8 なのでAD=BCであり、⑥は絡み合っていない。絡み合っていない、ということは意識系と無意識系は常に独立であり、意識系の状態観測から無意識系の状態にはアクセスできない、とうことである。

■計算結果の若干の説明

IBM量子コンピュータの内容にまだ慣れていない方々にはちょっと難しいのだが、日本語の解説書やネットでのマニュアルも出ているのでそれを参考にしてもらいたい。 一例として、Quantum Native Dojoを挙げておく。

量子占いのプログラムの中心ロジックは下記[8] [9]のわずか2か所である。[11]が全体ロジック(量子回路図)である。

ここで、Ry(θ)は、基底|0>と|1>に対して
Ry(θ)|0> = cos(θ/2)|0> + sin(θ/2)|1>
Ry(θ)|1> = -sin(θ/2)|0> + cos(θ/2)|1>
のように変換する量子回路である。(ブロッホ球の、y軸まわりの回転、角度θ)

この角度θの値を[8]においてθ123 と3種類定義している。
⑤式において、A:B:C:D = 1:5:7:3 なので、
tan(θ1/2) = sin (θ1/2) / cos (θ1/2) = √10/√16 / √6/√16 = √10 / √6 → θ1/2 = arctan (√5 / √3)
同様にして、
tan(θ2/2) = sin (θ2/2) / cos (θ2/2) = √5/√6 / √1/√6 = √5 → θ2/2 = arctan (√5 )
tan(θ3/2) = √3/√10 / √7/√10 → θ3/2 = arctan (√3/√7 )

[9]において、これらθ123 を用いてq0(意識系qビット), q1 (無意識系qビット)の初期値|0>0, |0>1を以下のようにユニタリー変換する。

Ry(θ1)|0>1 = √6/√16|0>1 + √10/√16|0>1
Ry(θ2)|0>0 = √1/√6|0>0 + √5/√6|0>0

C1 0 [Ry(θ3 - θ2)]Ry(θ1)|0>1 Ry(θ2)|0>0 =
C1 0 [Ry(θ3 - θ2)](√6/√16|0>1 + √10/√16|0>1)Ry(θ2)|0>0 =
√6/√16|0>1 Ry(θ2)|0>0 + √10/√16|0>1Ry(θ3)|0>0 =
√6/√16|0>1 (√1/√6|0>0 + √5/√6|0>0 ) + √10/√16|0>1(√7/√10|0>0 + √3/√10|1>0 ) =
1/4 |0>1⊗|0>0 + √5/4 |1>1⊗|1>0 + √7/4 |0>1⊗|1>0 + √3/4 |1>1⊗|0>0

となって、⑤の式が得られていることが確認できた。


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実際の計算はシミュレータ(qasm_simulator)では4096回繰り返し行い、[14]を得て、[15]でグラフ化した。
[14]では、老陰('00') = 244, 老陽('11') = 754, 小陰('10') = 1781, 小陽('01') = 1317
であり、その割合は老陰を 1 として、
1 : 3.09 : 7.30 : 5.40であり、おおよそ 1: 3: 7: 5になっている。繰り返し回数を更に大きくすれば理想の値に近づくと思われる。

また、

陰の確率は、 (244 + 1781) / 4096 = 0.49
陽の確率は、 (754 + 1317) / 4096 = 0.51

であり、想定通りである。

実機(ibm_kyoto)でも4096回の繰り返し計算を行って、[19]の結果を得、[20]でグラフ化した。

[19]では、老陰('00') = 375, 老陽('11') = 1023, 小陰('10') = 1467, 小陽('01') = 1231
であり、その割合は老陰を 1 として、
1 : 2.73 : 3.91 : 3.30であり、とても 1: 3: 7: 5とはいえない。

また、

陰の確率は、 (375 + 1467) / 4096 = 0.45
陽の確率は、 (1023 + 1231) / 4096 = 0.55

である。実機では誤り訂正機能がまだまだ弱く、ここが今後(10年後?)の大きな課題である。

(2023年12月25日;第1版 Copyright 寒泉)